松尾芭蕉マツオバショウ

正保元~元禄 7:伊賀上野(三重県上野市)に生まれる。江戸時代前期の俳人で、和歌文学に対し俳諧文学の頂点に位置すると評価される。幼名金作、通称甚七郎、藤堂良精の嗣子良忠の近習となる。俳諧を学び宗房と号した。良忠の早世により致仕し、江戸に出て桃青と号する。深川の草庵(後の芭蕉庵)に移り芭蕉・はせおと号する。芭蕉は従来の談林の俳風を越えた高い格調と文学性を俳諧に賦与し、蕉風を創始する。各地の漂泊を通して多くの名句と紀行文・日記を残した。石川県には元禄2年7月に門人曽良と来ており紀行文『奥の細道』に詠まれた句が載る。