タイトル:かねは雄弁に語りき-石川県立美術館の金属コレクション-
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かねは雄弁に語りき-石川県立美術館の金属コレクション-の作品解説電子ブックです。
第2章超絶のわざと熔金属工芸にまつわる技法は大きく3種類に分けられる。ちゅうきん」、かした金属を型に流し込み様々なかたちをつくる「鋳金は彫ったり異種の金属を嵌め込んだりすることで表面加飾を行うちょうきんたんきん「彫金」、金属板を叩いて成形する「鍛金」である。本章では、これらの高度なわざによって制作された、様々な時代の作品を紹介する。加賀藩では、歴代藩主の美術工芸振興策のもと、武具などを制作する工人が活躍した。明治時代になり、それまでのパトロンであった武士の保護を失った工人たちは一斉に職を失うが、新たに明治政府が旗を振る殖産興業政策の大きな波に乗り、か「加が賀ぞう象がん嵌」を中心とした金工技術が国内外の博覧会などで絶賛された。輸出銅器を手がけた「銅器会社」やその職工でもあった山尾次吉がこの時期にあたる。明治期輸出工芸は装飾過多ともいわれるが、しかしそれだけに高度な技術がなければ成立しえないものであり、見所がある。工芸技術の保護奨励制度も明治時代に始まった。この制度のそう対象となる帝室技芸員にも推されたといわれる山田宗び美の作品は、現代でも再現が難しいほどの超絶的な鍛金技術で制作されている。その後も、作家たちは石川で育まれた金工技術を受け継いできた。戦後は重要無形文化財保持者(人間国宝)制度が創設され、現在石川県では三代魚住為楽(銅鑼)と中川衛(彫金)が活躍している。かれらのほかにも本章では、石川ゆかりの米沢弘安、高橋介州、南部勝之進らをはじめとした優れた金工家を紹介する。卓越した彫・鋳・鍛のわざを存分に体感いただきたい。19